
このたび、廣田錵山前会長よりバトンを受け、日本三曲協会の会長を務めることとなりました。伝統と責任を伴うこの重責をお引き受けするにあたり、身の引き締まる思いでおります。日本三曲協会は、昭和15年(1940)年6月に「大日本三曲協会」として創設され、昭和43年(1968)11月26日に「社団法人日本三曲協会」となり、さらに平成22年(2010)8月11日には「公益社団法人日本三曲協会」として新たな歩みを始めました。先師諸氏が時代の変化に対応しながら、その使命と役割を果たし発展を続けてまいりました。今後も会員の皆様のお力添えを賜りながら、三曲のさらなる振興と継承に尽力してまいりたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
日本三曲協会ではこれまで、春季・秋季の定期演奏会を軸として、全国の会員が研鑽の成果を発表し、相互に刺激を受け合う貴重な場を築いてまいりました。さらに近年は、人間国宝の先生方をはじめ、各会派の家元、将来を担う若手会員、そして様々なジャンルのゲストとの共演による特別企画「日本の響」シリーズを継続して開催し好評を博しました。今後も流派、会派、ジャンルや世代を超えて三曲の多様性と可能性を社会に発信するこうした試みを事業の大きな柱のひとつとして、「古典曲」および各会派に脈々と伝わる「伝承曲」を中心に据え、三曲が育んできた感性と美意識を、次代へとつないでいくことを目指したいと考えております。
また近年、会員数の減少という課題に直面しております。いかにして新たな入会者を迎え入れ、三曲の道に踏み出す人々を支えていくか。教育・普及・支援の視点をもって、全国の皆様とともに具体的な施策を模索してまいります。
さらに、三曲に関する貴重な演奏音源・楽譜・映像記録・文書資料などのアーカイブ化にも本格的に取り組みます。これにあたり、仮称「資料編纂委員会」を新設し、資料の収集・整理・保存・活用のあり方を協議しながら、文化の記憶を未来に「つなぐ」取り組みを進めたいと考えております。
そこで、私たちはあらためて「三つのつなぐ」という理念を見つめるときにあると考えております。「三つのつなぐ」とは何かについて、以前山田流箏曲協会会長就任の折の挨拶文を一部引用させていただきます。
まずは「藝をつなぐ」ということです。江戸時代に生まれ、発展した箏曲・地歌・尺八楽はそれぞれの芸風を打ち立てて、連綿と受け継がれてまいりました。明治の世となり、当道座の解体、普化宗の廃止により、それまで幕府の庇護を受けていた箏曲界も大きな転換期を迎え、尺八界も琴古流、都山流などとなって始動し、様々な歴史的困難を乗り越えて三曲として確立してまいりました。これら先師の弛みない努力によって、今日の三曲界の発展・振興へとつながっております。
次に「思いをつなぐ」ということです。楽譜・録音・映像など様々に記録ができる便利な世の中ではありますが、このような時代でも先師の藝に対する思いは師から弟子へと稽古をもってつないでいかねば、血の通った藝の伝承はできないと考えています。先師を讃え感謝する気持ちも絶やしてはいけないと考えています。藝に対する「思いをつなぐ」気持ちを絶やさないよう、不断の努力を怠らないようにしたいと考えております。
最後は「技術をつなぐ」です。私たちを支えてくれている楽器店、職人の持つ高度な技術が衰えてしまうのではないかと危惧しております。楽器製作はもちろんのこと、糸締め、皮張りというなくてはならない技術を次の時代へつないでいただきたく思います。
この「三つのつなぐ」は、日本三曲協会の運営においても変わらぬ指針として掲げてまいります。全国の皆様との対話を大切にしながら、箏・三絃・尺八・胡弓という楽器が奏でる音楽を、次の世代へ、そしてさらにその先の未来へとつなげてまいりたいと考えております。
会員の皆様におかれましては、引き続き温かいご支援とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
令和七年六月

会長
萩岡 松韻

本協会は、昭和15年6月に当時の芸能統制令によって日本音楽三曲の各流派の教授者・演奏者等を糾合して結成された大日本三曲協会を基盤として、同43年11月に公益法人として発足しました。その後、平成22年8月に公益社団法人としての認定を受け現在に至っております。この間、わが国の伝統音楽である「箏、三絃及び尺八の普及と三曲各流派の交流を図り、もって邦楽文化の発展に寄与すること」という目的に沿って、多くの事業を実施しております。